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神の概念・その⑧

<はん>
わてらが生活しておる次元とは別に、実は(幾重にも)重なった同次元も存在しておる。それは、俗に言う四次元なのかもしれんが、わての感覚では「三次元の中に重なって存在している、限りなく三次元に近い次元」と言う説や。一応、根拠がある。徐々にアップしていくつもりやが、わてらの住む世界に大変近い、同じ様な別の世界が、【同時進行で空間に存在しておる可能性】を、ここでは指摘したいのや。例えば「幽体離脱」。わては残念ながらこちらに関しては経験あらへんのやが、魂の離脱と言うより、これも一種の「波動の一致による、重なった同次元への空間移動(但し、離脱後の肉体が動いている場合のみ)」とも考えられるし、「もう一人の自分を見るという奇跡」が、古来より頻繁に起こっておると言う現実を考えると、やはり「重なる次元の存在」は否めない。わては、離脱や、生きている自分に会った経験はないのやが、空間の中に存在する「限りなく三次元に近い空間の中で、人間の様な生活感覚を持つ方々の、生活の音や人の様な呼吸・歌声やお喋り」を何度も聞いておる。感覚でモノ言って申し訳ないが、それは、とてもわてらと近いねん。これを「魂(又は概念)と物質の世界の違い」と仮定してもエエのやが、妙に生活感を感じ、自然にそれを捉える事が出来、それが又感覚としてしっくりくる所をみると、少なくとも、「オカルト」だの「観念論」だけで片付けるには惜しい感じがするな。人によっては、それを「神の次元」と表現したり、あるいは、「異生物体の次元」と仮定される方もおる様やが、その辺りは個人の見解の自由や。
・・・が、実際の所「神の次元」と言うのは、全ての次元を含めての壮大な奥行きある次元だと、わては考えておる。つまり、ここで言う「重なって存在する次元」に関しては、まだまだ「神の次元(領域)」ではないねんや。
常識は、あまり通用せえへん・・・。
例えば、このバナーの基準となっておる意識体はんに関しては、わてははっきり言って「神はん」と言うより、「神はんとわてらの間を行き来するネットワーク・・・衛星」の様な存在でもあると仮定しておる。学者はんが唱えておる「中間生」と言う表現でもエエのやが、意識体はんの存在しておる次元は、時に三次元であり、二次元であり、又、一次元であったりするからや。意識体はんは、「物理的な法則」が一切当てはまらない存在や。ある時は、奥行きのある深い光であり、ある時は全て平面であったり、又、ある時は点・・・一瞬にして消えると言う事は、瞬時に「点」=分子の状態に戻っておるのではないかと仮定しておる。勿論、次元の移動・空間の中での高速移動もあるのやろが、時に物質から、意識体はんはその姿を現す事がある・・・・・。空間の中を自在に移動し、物質を擦り抜ける特異な存在が、意識体はんなのや。又、意識体はんの動きには特徴がある。ゆっくりとその姿を重ねながら斜め上に円を描く様に移動したり、一瞬にして何メートルも離れた場所に現れたり、くるくる回転したりと、とにかくわてらの感覚では理解不能な動き方をされる。引力等、全く関係あらへんのや。初めて、その姿を現実に目の当たりにした時は、考え込んでおる暇もなかった程やで。又、今の所、意識体はんを肉眼で見ると言う事に関しては、特殊な能力を持った方のみと言う考え方ではなく、「ほぼ全ての人が、肉眼で見る事が可能である」と感じておる。「とある場所」で、その場に来た方の多くが(ここでは六十パーセント以上と、はっきり書かせて頂く)、意識体はんを肉眼で捉える事が出来たからや。霊感だの超能力等、その時・その期間はあまり関係なかったのが、かなり印象深いな・・・。又、これは推測となるが、意識体はんの存在しておる空間は、「光」と「音」が主体となっておる世界の様や。これにも、れっきとした根拠がある。意識体はんは、「光」でその存在を示し、「音」で交信やアプローチしてくださるが、わてらの次元の「ある特殊な音」に、すぐに反応をしてくれはる。それは、日本古来から大切にされておる「音」や「音のある伝統儀式」でもあり、例えばバリ島やインドを始め、アジア各国・アフリカ・西洋に至るまで・・・勿論我が国中国も含め、その「音」は神との交信手段に使われておる。「ある特定の音」を、各地・各宗教でここまで重視しておる事を、正直興味深く感じておるのや。
おそらく、高次元意識体はんに関しては、【宗教の違い・神の解釈の違いは、殆どあてはまらん】のやと思う。
又、その音を出す道具の形態もそれなりに類似性があり、宗教も神の解釈も違うのに、どういう訳か「ある音」に関しては、高い確率で共通性があるのや。この「世界各国、共通しておる高次元意識体はん・もしくは神はんとのアプローチに使用する音」に反応し、意識体はんが空間や物質から、突如として出現される所が、おもろくもあり、不可思議な部分なのや。
話がそれて申し訳ないが、例えば、イースター島等の遺跡に関しては、宇宙人はんとの交信の為と言う説もあるが、わては広い意味で、空間の・・・特に高い位置に存在(浮遊)しておる意識体はんを、古代の人々は別の形で捉え(五感や感覚も含め)、敬意を表して建造物として残しおるのではないかとも解釈しておる。いずれにせよ、「不思議な遺跡」と考えられておるものは、古代人の宇宙人対策と単純に仮説を立てるには早過ぎるで。宙を自在に移動し、もしくは特定の場所(神聖とされる場所)に存在する意識体はんに対する、一種フレンドリーな感覚で作られたものも、それら公共の建造物の中に含まれておると思うとるねん。「ある特定の音色」が出す波動に反応しやすい、「光や音を主体とした世界に存在する交信可能な存在、もしくは人間に近い感覚・感性を持つ類似次元に属す存在がおる」と言う事を、古代の人々は知っておったのではないやろかな?但し、我々が生あって移動可能な世界は、「三次元に重なる、三次元に近い次元」であり、それは神はんの次元(領域)ではなく、高次元意識体はんが存在しておる次元との、まさに中間の次元と、わては推定しておる。
とっかかりの為、少し、内容にまとまりがないが、どない思う?げっぺいはん?

追伸・・・
高次元意識体はんは、特にデジカメで撮影しやすい。但し、使い捨てカメラや携帯の写メールでも、その姿を正確に捉える事が出来る。よく言われておる、デジカメ特有の現象ではないのや。又、わてが一番おもろいと感じておるのは、その場所に「鏡」がある場合、鏡にその姿がそのまま反映される事やろうか。併せて、窓ガラスにも正確な位置で映ると言う現実は、決して機械特有の現象ではなく、実際そこに存在しておる事が意味される。超常現象を真っ向から否定をされる方は、この現実に対しては、おそらく声も出ない事やろう・・・。高次元意識体はんを、物理学をもって否定する事は不可能なのや。どの様な高名な科学者であっても、否定は無理や。わてらは、わてらの存在しておる空間は認めるが、そうでない空間や現象に対しては、元々懐疑的や。・・・・が、よく考えてみなはれ。わてらの存在しておる物質の空間こそが、実は幻や夢や白昼夢である事もあるのやで。超常現象は、真摯に受け止めなければいかんのや。

投稿者 hongkong : 2005年10月25日 03:22

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