神の概念・その⑥ |
<はん>
ここの所忙しくて、ゆっくり・じっくり、意思ある「高次元意識体はん」にお取り組み出来ないのが残念やが、日々向き合って過ごす事がでけると言うのは、ある意味幸せや。これは特別な人だけに起こりうる事ではなく、これを読んでいるほぼ全ての皆はんの所にも、意識体はんは存在しておる。只、その存在に気がつくか・つかないか、と言う、たったそれだけの事なんや。意識体はんは、わてらを、わてらが自分自身で選んでいるプログラム通りの方向に導いてくださる類のもので、只そこに存在しているだけのものではない様やで。
さて、前回紹介させて頂いたが、げっぺいはんの大学の同級生で「ろく君」と言う子がおる。彼は、わてらの貴重な日本人BFや。同時に、わてらの日本語の先生やさかい、今後このバナーに頻繁に登場する事になると思うが、皆はん、どうぞ宜しゅう頼むで。それでは、ろっくんから「神の概念」あてにメールが入っておるので、以下紹介させて頂く。
<ろく>
はんさん、げっぺいさん、お久しぶり!香港大美園のホームページ、とうとう立ち上がったんだね。中華料理店のホムペ・バナーで「神様特集」と言うのも不思議だけど、そこは中国四千年の「懐深ーい歴史」と言う事で、上手く盛り上がっていくといいね。
さて、「精霊さん」と言えば、はんさんと出会って、いろいろ体験しているうちに、僕の部屋にも住み着いてくださっている。又、「精霊さん」を意識する様になってから、昔の写真を見直してみたけれど、いろんな所で写っているので、元々僕の側にも、いらっしゃって下さっていたんだと思っている。だから、今は、僕も「精霊さん=高次元意識体さん」とは仲良しなんだ。
さてと、僕なりに、今までの「神の概念」についての感想を入れていくね。
まず、人の業=哀しみの色を人の瞳に感じると言う事・・・そして、その哀しみを昇華した時、人は慈愛の心を持つと言う事。僕も、その通りだと思うよ。僕達はいろいろな事を経験し、その中で傷ついたり・逆に学んだりして行く訳だけど、いつでも純粋で清らかな心を保てる人間でありたいよね。それは、とても難しい事だけど、僕達は神様にすごく試されているんだと思うんだ。神様って、割と意地悪で、いつも僕らを試している様な気がするよ。でも、それは魂を浄化させる為の試練なんだ。君達が言う通り、人はいろいろな哀しみを背負って生きているから、いろいろな過ちを犯してしまう。そんな人の哀しみ(=業)を理解し・許し・待つ事が出来る事こそ、実は僕達が存在する一つの意味なのかもしれない。「慈愛」・・・良い言葉だね。僕達こそ、神様に深い「慈愛」を持って守って頂いていると考えれば、僕達も人の過ちは許せるものなのさ。
君達が言う様に、太古の昔、僕達は確かに神様と繋がっていた。でも、いつの頃からか、自分達で神様を遠ざける様になってしまったんだ。その後の僕達は、まるで糸が切れた凧みたいで、魂の確固たる所在が無いんだ。糸をつなぐ先を探している・・・。
ところで、はんさん。「高次元意識体さん」の写真をアップする様だけど、注意事項として書いてもらいたい事が数点ある。まずは、「刺激が強い」ってね。それから、意識体さんは、「全ての人に平等」だってね。選ばれたとか、特別だとか、ご利益があるとか思わないで欲しいってね。僕の知っている人で、残念ながら勘違いをしてしまい、誤った方向に進んでいる人もいるけれど、特別な意味付けはしない方がいいんだ。いつか、僕達が頻繁に意識体さんと交信出来る様になったら、それは判る事なのさ。今は、単純に「嬉しいな・楽しいな」って、思っていればいいんだ。
最後に、意識体さんが頻繁に現れるのは、人生の転換期が多い様だ。しかも、「結果的に、良い変革が起きる時」が多い様な気がする。そして、今、僕もその変革を迎えている・・・。高次元意識体さんは、僕らが無意識のうちに選択した人生の台本の、ある方向性を間違えない様に、導いて下さっている存在なんだよ。
投稿者 hongkong : 2005年10月09日 11:57






