神の概念・その⑥・・・「げっぺい」から「ろく」に返信 |
<げっぺい>
ろくさん、久しぶりやな。学部が違うと、なかなか会いそうで会われへんなぁ。
実は、ろくさんから教えてもらった、この「大阪弁」、なかなか気に入っているねん。どや?かなり進歩したやろ?勿論、うちら標準的な日本語を学ぶ事が何より先決なんやが、どういう訳か、この「大阪弁」が気に入っているねん。完全にマスターしたら、今度は「東北弁」と言うのを教えてくだはれや。うちら、日本の方の言葉には、とても興味があるねん。但し、中国は、言語は四百以上やで。数では、勝っておるみたいやな(笑)
さて、うちからは、高次元意識体はんについて、ろくさんにお返事や。
はんさんがしつこく言うには、うちの所にも「高次元意識体」はんは、絶対おると言うねん。はんさん曰く、それを「げっぺい'ズ」言うちょるがな(笑)つまり、ろくさんも、はんさんと同じ考え方なんやなぁ・・・。殆どの人に、高次元意識体はんがついていて、守って、導いて下さっていると言う考え方やろ?それを聞いて、実は、うち嬉しかったんよ。ホンマは、自分でも「いてくれてはる」と思うちょったんやが、積極的にカメラで捉えた事はあらへんので、どんなものなんかなって考えておった。こう見えても、うち、高尚なもんや崇高な存在は、実は大切にしたいと思う方やねん。そやから、やたらその存在を追い求めるのは、姿勢として、どないなもんやろと思うちょった。でも、挨拶代わりに毎日写しておったら、親密度は、皆の様に増してくるのかもしれへんな。今度、面白半分や興味本位と言う気持ちではない時、意識体はんに「心からお会いしたい」と感じた時に、デジカメを使って写してみようと思う。
只なぁ、うちも、今までろくさんの様に、特に意識せず、意識体はんのお姿は撮った事があるねんよ。京都の神社と、島根の山の中やったわ。つまり、不思議な存在や説明の出来へんものを、確実に映し出す力と言うのは、その存在を特に感じていない時でも充分可能と言う事なんや。うちらは、誰でも、高次元意識体はんの様な存在を、感じたり、又はカメラと言う手段を使って捉える能力を持っておると言う事やな。本物の霊能者は確かに存在しておると思うちょるけど、不思議な存在と交信可能やからと言って、自分は特別と思う考え方は危険やねん。感じたり、映し出したり出来る事は、それは素敵な事やし、ロマンやけど、単に自意識を肥大させる為の結果やとしたら、それは高次元意識体はんは願ってはおらんと思うで。うちらは、誰でも交信可能と言う事を頭に置いて、純粋な気持ちで接していけばエエのや。
ろくさんが言うてはる通り、「嬉しいな・楽しいな」って感じたり、「導いてくれてはる」と思うたり、「何かを知らせてくれてはる」と有難く、素直にそのお知らせを受信すればエエのんや。うちが思うに、映し出したり、感じ取ったり出来る事に気がついて、誰でも神はんに近づく気持ちを持てる事が、実は一番大切な事やと思うてるねん。又、はんさんも言うておるが、それが「人生の転換期」を強く意味しておるとしたら、そのお知らせを有難く受信して、今の自分が何をしたいのか、今後どの様な人生を切望しておるのか、ゆっくり考えたらエエのや。心に付いておる汚れや迷いや、又は鎧の様なもんを、自分の力で意識的に取り払い、一度「素」に戻り、まずは素直な気持ちを持って、今後の人生や生き方について考えてみたらエエと思うで。
写せる・・・只それだけに意識が集中してしまったとしたら、それは目的を履き違えていると言う事や。「嬉しいな・楽しいな」と思いながら、実は、不思議な存在が、うちらが全うすべき道を探求するきっかけを与えてくだはっておると言う事に気がつけばエエのんや。結果として、オカルティズムに走るのではなく、交信出来る事をきっかけに、そこで大きく人生を変えるチャンスに出会えた、もしくはその時期が来たと思えばエエのんや。
なぁ、ろくはん、そうやろ?
投稿者 hongkong : 2005年10月11日 14:21






