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神の概念・その⑯・・・古神道に奇跡なし・全ては神の手の内に

早いもんで、一月も十日になってしもうた。もう、すぐに月中や。忙しなく過ぎていく日々・・・大切に生きたいものやな。ちなみに中国のお正月は、今年は月末。旧暦で計算するのや。年頭に当っての目標を考えておかんとあかんな。


さて、先日げっぺいはんが、<越の寒梅>を抱えて遊びに来た。なかなか会う機会が無いので、楽しい半日となった。あまり時間は取れなかったのやが、世間話から始まり、久しぶりにゆっくり話す事が出来て楽しかったで。
わてらの会話の内容と言ったら、「高次元意識体はん」「神はん」「占い」と、偏っておるのが特徴やが、まぁこないな友人関係と言うのもエエもんや。特に一つの宗教に縛られる事なく、自然信仰と言う見地から、意見交換等で盛り上がった。わてら、二人共<宗教>言う言葉嫌いやねん。<信仰>言う言葉が好きなのや。この二つの言葉、似てそうやが全然違うのやで。どうも「一緒くたにされがち」やが、全然違うのやん。
ご飯食べて、神社にお参りして、その足でわての部屋に・・・。神棚の神はんにご挨拶の後は、当然記念撮影や。これも、毎度のパターン。始めはパシャパシャ無造作に撮っておったのやが、いま一つ意識体はんの映りが悪いと言う事で、図々しくもお呼び立てをする事に・・・。わてら独自の方法と言うより、古来からの形式に乗っ取って、まずは神はんに<心から感謝の意>を伝える。が、おなご二人集まっての悪ノリから、「神はーん!出てきてー!神はーん!神はーん!」と、伝統方式を無視したお呼び立て方式に切り替わるのに、一分もかからんかった(爆笑)・・・が、なぜか意識体はんが律儀に御出現されたので、満足・満足。又、おなご同士のおしゃべりタイムが延々続いたのであった。
・・・と、ここまでは、いつものパターンや。

問題は、実はここから先やった。翌日、デジカメの写真を整理していたら、とんでもない事に気がついた。実は、わて、げっぺいはんを喜ばせてあげようと(げっぺいはんと意識体はんが、新年早々コラボした記念写真を撮ってあげようと)、げっぺいはんが下向いて何かモゾモゾしておる時に、勝手に二枚彼女の写真撮っていたのや。その時は、意識体はんが映らんかったので、「残念やな・・・」と見過ごしておったのやが、何と・・・何と・・・げっぺいはんの後ろの神棚の灯篭が二枚ともコウコウと点いておるではないか!自然信仰派(古神道に近い)のわてらは、嘘が嫌いや。わて、実は灯篭を購入したのはエエが、意識体はんが人工光を好まない事を知ってしまったさかい、殆どその灯りを点ける事はなかった。電源が入っていない灯篭、しかもコードが抜かれ、半ば神棚でオブジェと化しておる灯篭の灯りがコウコウと写真に写っておる!連写で十枚程撮ったので、秒数まで入っておる写真の、この二枚だけ灯篭の灯りが点いておるのや。驚いたわては、速攻げっぺいはんにメールを・・・。すると、げっぺいはんは、事も無げに「あぁ、灯篭がついておるの、うち見たよ」と言うお答え。げっぺいはんはげっぺいはんで、わてが灯篭を点けていたと思っていたらしい。
古神道に奇跡はない。普通であれば、この二枚の写真は心霊写真のカテゴリーに入れられてしまう類のモンかもしれんが、わては「意識体はんのサービス」もしくは「意識体はんからの何らかの御礼」と内心解釈した。そして、翌日の昼、げっぺいはんから、わて宛てに誕生日プレゼントが届いたのであった。
友人を喜ばしてあげようと思った単純やが強い気持ちと、「誕生日は過ぎているが、友人に必要なものをプレゼントして、喜ばせてあげたいと思った強い気持ち」が、瞬間合致して、灯篭の灯りを灯してしまったのかもしれない。お互い、内緒で心の中で強く感じた「相手を喜ばす」と言う気持ちが、こないな現象を生み出すのではないかとも思った。
これは狭いワンルームマンションの中での出来事やけど、「相手の為」とか「喜ばせてあげよう」とか、そないな「人の為に」「人を喜ばせてあげよう」「出来る範囲で、喜ばせる事はないか」と言う思いが合致した時、神はんは降りてくるのではないかとも感じた。
当たり前やが、わてが部屋でお祭りしておる神はんに祈っておる時、電源を入れていない灯篭が点く事はない。又、そないな事を考えた事も無い。

メイクハッピイな念は、神はんを呼びやすいのかもしれへん。自己満足や自分の為ではなく、あくまでも「相手の為」「人を喜ばせてあげたい」と言う、単純やが強い思いや。

わては、たまたま写真を撮った。そして、その時げっぺいはんは、神はんを灯篭の光で見ていた・・・。

現実に生活していると、いろんな事がある。腹の立つ事もあるし、不快な思いを感じる事もある、猜疑心や嫉妬心を持ったりもする・・・。人間やから、当然負の感情を持ち合わせておる。そやけど、人々が、もし強く「人の為に」と言う思いを同時に感じた時は、もっと違った形で、大きな光や光の輪がわてらを照らしてくれはるのかもしれへんな・・・。

今、物質に溢れた世界で生活しておるわてらが、私欲を捨て「無に近い状態」になる事は極めて難しいが、例えば太古の人々・・・まだ言葉も完成しておらず、権力者もいない頃のわてらの祖先・・・太陽に感謝し雨に感謝し自然の恵みに感謝し、協力して日々暮らしておった頃の祖先達は、もしかしたら、今わてらが見ておる太陽の光と違った光を見ておったのかもしれない・・・。そして、それが本来「生」を頂いたわてらが自然に見る事が出来る<極めて日常的な光>であったのかもしれへん・・・。

何をトンチンカンな事を書いておるのやと、思う方はそう思ってください。只、貴方が私欲を全く必要としなくなった時、只々「感謝の念」だけを強く感じた瞬間、大きな光の輪に包まれる事になるやろう。始めと終わりに、光ありき・・・。


投稿者 hongkong : 2006年01月08日 15:01

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